DONDOKODONが生まれるまで、
そしてこれから。
人を救いたかった。ただ、それだけだった。
最初の夢は、医者になることだった。人の命を救いたい。それ以上でも、それ以下でもない、シンプルな動機だった。
受験に失敗した。夢が破れたとき、普通なら目標ごと消える。でも、消えなかった。手段が変わっただけで、「人を救う」という目的はずっと残っていた。ならば、別の道で社会に届けられないか。そう考え始めたとき、広告という領域が目に入った。
広告を選んだのは、社会に波を起こせると思ったから。
広告を「商品を売る道具」だとは思っていなかった。何かを知らなかった人が知る。意味のなかったものに意味が生まれる。社会の見方が、少しずつ変わる。その力に、惹かれていた。
コーヒーの会社とも、SaaSとも、教育とも、地域の小さな事業者とも関われる。出会った人たちと一緒に何かをつくれる仕事だった。
広告枠を売るのではなく、認識を変えることに興味があった。それが今も、この会社の核にある。
普通の広告代理店には、なりたくなかった。
業界に入ってすぐ、違和感があった。大きな予算のクライアントが優先される。少額案件は後回しにされる。定例会は数字の読み上げで終わる。提案がない。小さな会社のなけなしの広告費が、軽く扱われている。
担当者個人の怠慢ではない。構造がそうなっていた。だからこそ、始めた時点からすでに決めていた。「広告代理店をやる。でも普通の代理店にはならない」と。
「ドンドコドン」という名前に込めた思想。
祭りの太鼓の「ドンドコドン」。主役ではない。でも、その音がないと場が前に進まない。そういう存在でいたかった。
試行錯誤を重ねる中で、少しずつ輪郭が出てきた。うちは広告枠を売る会社ではない。事業をどう伝えるか、その前段の整理をする会社だ。
「伝わらない」の原因は、広告の量ではなく伝え方の構造にある。
片手で届かなければ、もう片方の腕を千切ってでも。
DONDOKODONは、広告の会社として終わるつもりはない。事業会社になる。ゲームをつくる。ネットサービスを開発・運営する。広告が事業を生み、事業がまた次の事業を生む。そういう構造をつくっていく。
その先に、ずっと見えているものがある。莫大な利益を持って、医療サービスや福祉団体をやりたい。自分より大事な人が本当に困ったとき、それを助けられる存在でありたい。
広告で事業を鳴らし、事業で世界を変え、世界の利益で命を救う。原点にあった「人を救いたい」という動機は、一度も消えたことがない。
片手で届かなければ、もう片方の腕を千切ってでも人を助けたい。そんな思いを、形にする。
まだ見ぬ道を、共に前へ。